羽生善治が100個目のタイトルをかけて名人挑戦者になった。
ほとんどの棋士がひとつもタイトルを取れずに引退するのに
羽生は30年間トップランナーだ。
スポーツ、芸術、ミュージシャン等々にあまたの天才たちがいる。
その中でも羽生善治はまったく規格外の別格だ。
この一番という戦いは、神がかり的にほとんど勝っている。
その反対にこの戦いに勝っていたら随分違った人生に
なっていたという棋士も数多くいる。
将棋だけでなく人生に言えることだが、
あの時、勝っていたら、成功していたら・・・はよくある「たられば」だ。
ただ、将棋界をみていると棋士になるのは年間4人と非常に
狭き門で、日本中から天才と言われている少年が奨励会(将棋の育成所)の
試験を受け合格した者がまずプロ棋士への道のスタートラインに立つ。
そして多くの少年が挫折して25歳の年齢制限でプロ棋士になることに
挫折して奨励会を去る。
しかし、小学生の頃から将棋漬けの人間が社会に出て何ができると
言うのだろう。
その時25歳の青年は思う。「棋士を目指した奨励会の試験に落ちていたら、
あの戦いに負けていれば、随分違った人生を歩んでいただろう。」と
僕もあの時、負けていれば、失敗していれば、
その「たられば」を想像する。
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